万葉集「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」の意味は?

2019-04-02 投稿/06-15 第7章を加筆/06-29第9章を加筆

【ご留意事項】この記事は、楽しく読み解いていこうという趣旨のもと書かせていただきました(^^)記事にボリュームがありますので、下記のもくじをご活用ください。タップして直接ご覧いただけます。

令和の出典は万葉集から。読み方は?

昨日、新元号「令和」が発表されましたね。

今回は、「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」意味を自分なりに分かりやすく現代語訳してみることにしました。

まずは令和の出典からおさらいします。

新元号の出典は万葉集。読み方は?

令和の出典は万葉集からであると公表されていますね。万葉集の梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文の一部にあたります。

初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす

白文:于時初春月氣淑風梅披鏡前之粉蘭薫珮後之香

読み:しょしゅんのれいげつにして、きよくかぜやわらぎ、うめはきょうぜんのこをひらき、らんははいごのこうをかおらす

※2019-04-26加筆

読みに関してですが、「角川ソフィア文庫」さんのビギナーズ・クラシックス日本の古典「万葉集」では、少し異なっていました。

・鏡前の粉(ふん)を披く

・蘭は珮後の香を薫(くゆ)らす

といったふうに・・・。訳し方がどのくらいかみ砕いてあるかで異なってくるのでしょうか?この辺りも分かりましたら加筆します。

梅花(うめのはな)の歌三十二首并せて序とは?

では、この序文とは何でしょうか?

730年の初春、九州は大宰府(太宰府)の長官(役人)である大伴旅人の邸宅にて「梅花の宴」というものが催されました。太宰府は福岡県ですね。

そこで詠まれた歌32首につけられた序文が梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文という訳です。

実は、「初春の~」の直前に、その説明がされていました!序文の冒頭部分にあたります。

該当箇所:天平二年正月十三日に、師の老の宅に萃まりて、宴会を申く。

白文:天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。

読み:てんぴょうにねんしょうがつじゅうさんにちに、そちのおきなのいへにあつまりて、えんかいをひらく

天平は、西暦729年から749年の元号です。奈良時代(710年~794年)の全盛期で、天平文化が花開いた頃です。

陰暦の正月なので、現在では2月4日にあたります。

奈良時代の全盛期、初春正月に催された宴で詠まれた歌(32首)の序文のことなのですね。

元号の出典は初めて日本の古典から

今回、初めて元号の出典が日本の古典となったことにも注目されていますね。これまでの元号は、すべて中国の古典(=漢籍。漢文で書かれた書籍のこと)から引用されてきたのです。

ちなみに梅は8世紀(奈良時代以前)頃、中国から伝わってきたと言われており、万葉集が編さんされた時期は、まだ中国から入ってきて間もない時期です。このあたり、中国とのつながりもあり、より深みを感じます。

皆さんもニュースなどで目にしたことと思いますが、安倍総理は新元号について「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる。」という思いを込めたものであることを語っていました。

万葉集とは。令和効果で品切れも。


万葉集を取り寄せようと思ったら、元号が発表されてからは売り切れが続出していました。令和効果ですね。早くも新元号の経済効果が起こり始めています。(画像はkindle版。万葉集・現代語訳付

万葉集とは、7世紀後半から8世紀後半にかけて(つまり1200年も前に)編さんされた日本に現存する最古の和歌集です。

その特徴として、天皇、皇族、貴族のみならず、下級官人、防人(さきもり)、農民まで幅広い身分の人々が詠んだ歌が、4500首以上も集められているということがあげられます。

では、具体的に「初春の令月にして・・・」の部分はどういった意味を持つのでしょうか。自分なりに訳してみました。

初春の令月にして…の意味を分かりやすく現代語訳したい

意味を自分なりに分かりやすくしてみました。(※学術的なものではございませんのでご注意くださいネ。)

初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして

 初春のよき月に(新春正月に)(前章で紹介した序文の冒頭部分から分かるように、正月を指しているようです。令月は、陰暦2月の異称でもあります。現代の2月下旬から4月上旬にあたります。)

気淑(きよ)く風和(やわ)らぎ

 気持ちよく(←気分ではなく気候の良さ?)風は和らいで

梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き

 梅は鏡の前でお粉(おしろい)をはたく女性のように白く美しく咲き

蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす

 蘭は香り袋のように薫っている*

つまり、現代語訳は

「初春のよき月(新春正月)に、外気はよく風は和らいで、梅は鏡の前で美人がはたくおしろいのように咲き、蘭は香り袋のように薫っている」

といった感じでしょうか?

(*蘭は~の箇所の詳細は7章  蘭は藤袴(フジバカマ)?対句に注目をご覧ください。)

いずれにしても、初春のよき日の穏やかで美しい情景が浮かんできますね。梅の花は、白、ピンク、紅など色々ありますが、ここでは白い花(白梅)が詠われています。

梅は寒さがまだ厳しい中で花開き、一番に春の訪れを感じさせてくれる花です。

しかし、宴が催された時期は、九州とはいえまだ梅が満開の季節とは言えません。ほのかに咲き始めた梅にそれぞれの想いを馳せながら詠んだのではないでしょうか。

散る白梅を雪に見立てた歌も収録されているのですが、季節的に散るには早く、もしかしたら本当に小雪が舞っていたのかもしれませんね。

珮後(はいご)の意味は?分かりやすく!

自分自身が「珮後(はいご)って何?」とイマイチしっくりこなかったのでもう一度調べなおしました!

実は「珮後(はいご)」では辞書に載っていません。

」という漢字を単独で見てみましょう。(参照:コトバンクmojinavi

「珮」とは

[音]ハイ(漢) [訓]おびる はく  おびだま

1.腰に付ける飾り。帯につける飾りの玉。古代の装身具のひとつ。腰帯とそれにつりさげた飾りなどの総称。

2.身に帯びるという意味。

3.心にとどめて忘れないこと

おそらく、1や2の意味が有力でしょう。

※2019-04-04加筆・・・「珮後(はいご)」の「後」は「うしろ」という意味ではないようです!難しいですね。

※2019-04-19加筆・・・万葉集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)によりますと、

「蘭は珮後の香を薫らす」の部分は、

「蘭は香り袋のように香っている」

と訳されていました。ご興味のある方は、「角川ソフィア文庫」さんのビギナーズ・クラシックス日本の古典「万葉集」をご参照くださいね。

「披(ひら)き」「披く」の意味は?

披[音]ヒ(呉)(漢) [訓]ひらく(参照:コトバンク

1.閉じてあるもの、畳んであるもの、綴じてあるものなどを広げる(開く)こと

2.あばく、打ち明ける、手の内をひらく

「披露宴」の「披」の字ですね。

梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)きの部分は、

梅は鏡の前でお粉(おしろい)を開くように咲き・・・、おしろいは女性が使う物であり、花の美しさを愛でていることから、「美人がおしろいをはたいている様子に例えられている」といった感じでしょうか。

珮後の香が再現!?どんな香り?

※2019-05-02加筆

加筆だらけで少し読みにくいかと思いますが、ご容赦ください。新しい情報です!

『太宰府「令和」熱続く 展示館3万人超 匂い袋も販売へ [福岡県]』・・・西日本新聞のオンラインより

なんと、万葉集序文に登場する「珮(はい)」(匂い袋)をギャラリー経営者ら市民有志が再現したのだとか!

その名も「珮後香(はいごこう)」!

5月1日からの受注販売だそうです。太宰府天満宮の参道近くにある、「蛇の目うさぎ(じゃのめうさぎ)」さん。

「日本の伝統に育まれた和の文化を今の時代にお届けする手作りにこだわった和雑貨屋」とのことです。(HPより)

実際の香りについては、少しずつ読み解いてまいりましょう。

蘭の意味は宴?蘭の香りと「それぞれの花」

蘭は宴という意味かも?

「蘭」は宴との関連も指摘されているようです。覚え書きとして記しておきますね。

というのも、「梅花の宴」は、王羲之(おう ぎし)が催した「曲水の宴」が踏まえられていると言われているそうで・・・。王羲之は、書道史上、最も有名な「蘭亭序」を書いた人物です。

永和9年(353年)3月3日、書聖と称された王羲之が曲水の宴を催したが、その際に詠じられた漢詩集の序文草稿が王羲之の書『蘭亭序』である
(出典:Wikipedia 曲水の宴

仮に蘭が宴を指すとしたら、現代語訳は、

「宴の席は、腰飾りの香り袋のように、薫り漂っている」

という感じでしょうか?む、難しいですね・・・。

「宴席は、高貴な人が身につける香り袋のように香っている」といった訳をされている人も多いです。

また、梅や蘭の花の美しさ、香りのよさを詠まれた歌として、「それぞれの花を咲かせる」という意味で解釈している人もいらっしゃるようです。こちらは現代的ですね。

蘭はどんな薫り(香り)か

ちなみに、現在出回っている胡蝶蘭は、ここでの「蘭」とは異なります。一般的に香りもあまりありません。強い香りがないからこそ、開店祝いなどにも用いやすいという側面があるようです。

蘭は藤袴(フジバカマ)?対句に注目

※2019-06-13加筆・・・先月に1名、今月に1名、読者様から貴重なご指摘とアドバイスをいただきました。それを受けてこの章を加筆させていただきました。(博識で親切な方って、とても素敵ですね。)ありがとうございました。

蘭は藤袴のこと?

万葉集が書かれた時代は奈良時代であり、この時代は遣唐使が盛んでした。

その時代に唐で流行っていたものに四六駢儷文(しろくべんれいぶん)というものがあったらしいのです。

これは六朝時代から唐にかけて盛行した文体で、駢が「馬が2頭並ぶこと」を意味することから対句を基本とした文体です。(詳しいことは次の節で)

そしてその唐で当時、薫り草のことを全般的に「蘭」や「蘭草」と言っていたようなのです。

その薫り草で最も人気を博していたのは藤袴(ふじばかま)だったとか。

そもそも中国では藤袴の中国名が佩蘭であり、蘭草とも呼ばれているみたいで、ここから転じて蘭とは香の良い植物を指す総称になったみたいですね。

この藤袴の薫りを例えるならズバリ桜餅だそうです。

ほんのり甘くて爽やかな香りですね♪

ちなみに一般的に現代で使われる蘭はその後現れた「シュンラン」が「蘭花」と呼ばれるようになり、省略されたものみたいですよ。

そんな訳でこの詩で読まれている「蘭」は「藤袴」のことである、という捉え方が濃厚になりましたね。

次の節では「蘭」がこの一句でどのような役割を演じているのかを見ていきましょう〇

対句になっている

先程も少し触れましたが、この一句が書かれた奈良時代は遣唐使の時代でもありました。

議題となっている万葉集に多大なる影響を与えたとされる当時の唐では一句が4字句から6字句の字数を基調とし

対句が特徴的な四六駢儷文(しろくべんれいぶん)という文体(別名:しろくぶん)があったそうです。

こうした観点から今回取り扱っている「蘭」を含む部分を見ましょう。

梅は 鏡前の粉を披き

 蘭は 珮後の香を薫らす

一見して対句が大きく3つほど見受けられそうです。

 

一つ目は「梅」と「蘭」(藤袴)

これは梅が春一番に咲く花として有名である一方で、藤袴は秋の七草として有名であるため、春と秋の対句と言えそうですね。

 

二つ目は「鏡前」と「珮後」

これは漢字でも前後で対句になっており、鏡と珮が各々、女性の必需品と男性の装飾品として解釈できそうです。

 

三つ目は「粉」と「香」

これは「白粉」と「香り袋」を意味しています。

 

個人的には二つ目と三つ目は男女の対句を隠喩しており、特に珮後の香は男性の腰辺りにつける香り袋の香を意味している気がします。

と言いますのも、源氏物語でも有名な話ですが、平安時代の貴族間では香が流布していました。

しかし、それ以前の奈良時代(当時は宗教色も濃い模様)から香は特に男性の貴族間で人気があったと思われるのです。

何故なら当時の結婚制度が女性宅へ男性が真夜中に独自の香りをつけて訪れる「妻通婚」だったからです。

暗闇でも「この香は○○さん。」と女性に分かって貰えるように男性陣は競って各々の香りを独自に調合していたようですね。

 

総じて、議題となっている蘭は「藤袴」のことであり、この句全体としては

「春」と「秋」「鏡」と「装飾品」、そして「白粉」と「香り袋」

の対句が季節と男女の隠喩として見受けられそうです。

参考文献

妻通婚:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%BB%E5%95%8F%E5%A9%9A

四六駢儷文:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%A2%E6%96%87

蘭は藤袴:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55996

平安時代・奈良時代の香り:http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2007/10/post_0a9f.html

ライター  森野 音子(もりの ねこ):https://note.mu/morinokoneko

免責事項はこちらをご覧ください。

九州は太宰府の地で祝賀ムード

※2019-05-01加筆

連休を利用し、九州は福岡、太宰府天満宮へ行ってまいりました。国旗と共に、祝令和の のぼりがあちこちではためいていました。

祝令和 令和の出店となった万葉集の一節は太宰府の「梅花の宴」で詠まれた三十二首の序文です。

立ち寄った老舗の菓子処では、令和の刻印がある和菓子をおまけに付けてくれました!今日だけだったのかも?

店内は広くはないのですが、季節の花も生けてあり、店員さんも感じがよく、また行きたくなるお店でした。

太宰府天満宮御用達 梅園菓子処さんです。ありがとうございました。

結局のところ、令和の出典の現代語訳は?

最終的にどんな風に現代語訳するか・・・ということを考えた時、同志社女子大学の日本語日本文学科 特任教授 吉海 直人先生が書かれたコラムが目に留まりました。(参照:新元号「令和の出典について」)

「時に、初春の令月にして、気()く風(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を(ひら)き、蘭は(はい)後の香を薫らす。」この部分の現代語訳は、以下の通りでした。

折しも初春のめでたい月、空気は清らかで風も穏やか、梅は鏡の前で白粉をつけた美人のように白く咲き、蘭(藤袴)は身に帯びた匂い袋のように薫っている。

引用される場合は、参照元・出典を明記を忘れないようにしたいですね^^